23回目の1.17

1995年の阪神淡路大震災から今日1.17は23回目なんですね。本当に早いものです。

確か、あの日は3連休開けの火曜日だったのですが、地震の前になぜか目が覚めていました。そして、ドーンという突き上げるような衝撃と窓ガラスがブルブル振動していたので、てっきり近所で爆発事故があったんだと思いました。私がいた神戸市須磨区の両親の実家では、ユラユラ揺れる状態ではなかったんです。

停電したので、何が起こったのか30分ほどはわかりませんでした。遠くの親戚などがすぐに電話してきてくれて、地震だったことを知りました。近くの電話の方が通じにくかったので、市内通話はほとんどかかりませんでした。

電気が来たのでテレビをつけたら、生田神社が全壊していてショックでした。高速道路が倒れていたり、住宅がぺしゃんこになっていたり、車の渋滞と混乱した街の様子が映し出されていました。

しかし、後で知ったのですが、多くの火災は電気の復旧による漏電火災だったそうです。家や建物の中で人が身動きが出来なくなった状態のところに、電気が復旧されて火が出てしまったのです。そして、渋滞で消防車が動きにくく、消火栓なども壊れて放水ができませんでした。

当時近くに住んでいた同僚の様子を見に行ったのですが、その当たりは完全に焼け野原でした。映画などで見た戦争の焼け野原と同じでした。そのまま避難所を何箇所か周りましたが同僚は見つからず、後日無事が確認できました。

いろいろショッキングなことがありましたが、多くの人が助け合い、ボランティアも自然発生的に集まって働いていました。私も出来ることを探していろいろしてみました。

そんな経験をしても、まだまだ防災意識や備えが十分とは言えません。もっともっと真剣に防災・減災対策をしようと、今日また思いました。

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